ほんりゅう 2020年8月20日(長谷川)

高校3年生の担任として、夏休み前に慌ただしく懇談をした。就職・進学を問わずじっくり話をすべきところだが、時間の余裕がない。事前に書かせた進路調査をもとに頭を抱えていると、席近くの先生方がアドバイスをくれた。「この大学でもこの勉強ができますよ」「資格がとれる学校はこのサイトで調べるといいですよ」「この企業は遠いのが難点ですね」…ありがたい限りだ。ある生徒が、志望するかどうかで企業に迷惑をかけた。生徒とともに進路に謝罪に行くと、就職担当が「担任の先生に頭を下げさせるんじゃない」と指導してくれた▼若い頃は生徒になめられたくない、先生方に評価されたいという「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」にとらわれていたのかも知れない。年をとって丸くなったせいか頭を下げることが苦にならない。「生徒は担任を選べない」から、僕が担任で残念に思っている生徒のためにできることは、頭を下げまくって他の先生からアドバイスをもらい、少しでもよい指導をすることだと思える▼新任の時の学校で複数の分掌長の方から「分掌というのは担任が指導しやすいようにしてあげるのが務めだから、どんどん使ってもらえばいいよ」と教えられた。誰かが生徒を叱ると、そのあと必ず他の先生がその生徒をなだめて諭していた。一人の生徒の指導に何人もの教員が関わる。これが本当の意味の「チーム学校」なんだろうと思う。