ほんりゅう 誰が決めるのか、誰が責任を取るのか?(井深)

 

今年は1年生の授業を担当している関係で、子どもたちの元気な声が非常に心地よい。時々、廊下の先の遠くから、「はるおせんせ~い!」と手を振ってくれる子がいる。思わず笑顔になる▼しかし、疑問に思うことも多い。どの会議で、誰が決定するのか、4月当初に出された年間計画には無いことが、当たり前のように指示され、当たり前のように行われていく。フラストレーションがたまる。「提案」ではなく、あえて「指示」と書いた▼私が20代の時、運動会に向けて職員会提案の前に保健体育指導部会に原案を提案した。中堅派遣で勤務されていた先輩教師や体育科の教頭先生に、「運動会のねらい」について、「子どもをどう育てたいのか」「運動会に向けて全教職員で何をめざすのか」がはっきりしないと厳しく指摘された▼提案文書を書き直し、職員会議に正式提案した。今度はいくつかの学年から、細かい質問や具体的な要望が出され、必死になって答えた。1枚の書類を出すのに、その「ねらい」の部分を考えるだけで相当な時間と知識が必要だった。しかし、だからこそ運動会の打ち上げは盛り上がった。まさに、苦楽を共にするということだろう▼「働き方改革」の大号令により、早く退校する日が増えたのは事実だが、やることが減らない。むしろ増えている。現場の管理職を含めたほとんどの職員が感じていると言っても間違いはない。さらに深刻なのが、それらをただこなすことになっていることだ。子どもの笑顔が思い浮かばない活動ほど、空しいものはない。